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福岡地方裁判所小倉支部 昭和57年(ワ)940号 判決

原告 大坪德美

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 前野宗俊

同 吉野高幸

同 高木健康

同 中尾晴一

同 住田定夫

同 配川寿好

同 臼井俊紀

同 横光幸雄

同 尾崎英弥

被告 北九州市

右代表者市長 谷伍平

右訴訟代理人弁護士 吉原英之

同 松永初平

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ金一六八二万一七〇七円及びうち金一五八二万一七〇七円に対する昭和五五年九月二〇日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  被告敗訴のときは仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告らの五男である亡大坪栄(昭和四九年七月三一日生、以下「栄」という。)は、昭和五五年九月二〇日午後六時一五分ころ、北九州市若松区大字蜑住字堀九八九番地所在の農業用水溜池(以下「本件溜池」という。)において溺死した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

(国家賠償法二条一項に基づく責任)

(一) 本件溜池の管理の瑕疵による責任

(1) 本件溜池は、付近の農地のかんがい用貯水のために使用され、被告が事実上管理している公の営造物である。

被告が本件溜池を事実上管理していることは、被告が、地方自治法二条三項二号に基づき、昭和五四年ころ、本件溜池の堤塘工事(以下「本件工事」という。)に着手し、昭和五五年三月ころ、完成させたこと、本件工事後、本件溜池の堤塘付近に、PCフェンス及び危険防止のための立札を設置したことから明白である。

(2) 本件溜池の管理には、次のような瑕疵があった。

① 本件溜池は、その南東側が蜑住団地に、南西側が市道蜑住有毛一号線(以下「本件道路」という。)にそれぞれ接しており、本件道路に面する本件溜池の堤塘のうち右団地寄りの部分は、本件道路との間に、約三八メートルにわたって防護柵がなく、かつ、ほとんど段差もなかった。

また、本件溜池の堤塘は、本件道路側から、幅約二メートルの平坦な部分を経て、水面に向かい約二五度の急勾配のブロックの斜面が深さ約二メートルの水面下まで続いており、幼児が一旦右斜面から本件溜池に滑り込むと容易にはい上がることのできない形状であった。

さらに、本件道路は幼稚園児の通園路であり、幼児などの水遊びを誘発する要因があった。

② 本件溜池が右のとおり危険な状況にあったのであるから、被告は、本件溜池の管理者として、本件溜池の周囲に侵入防止のための防護柵等を設置すべき義務があったのに、これを怠り放置したものである。

(3) 栄は、本件道路の自転車歩行者道部分で遊んでいるうち、防護柵の設置されていない箇所から本件溜池内に侵入し、過って足を滑らせて深みに転落し溺死したものであって、本件事故と前記の本件溜池の管理の瑕疵との間には因果関係がある。

(二) 本件道路の管理の瑕疵による責任

仮に、被告が本件溜池の管理者でなかったとしても、被告は本件道路の管理者であり、本件溜池が前記のような危険な状況にあったのであるから、被告は、本件道路の管理者として、本件溜池との間に侵入防止のための防護柵を設置するなどして、幼児が本件道路から本件溜池に侵入することを防止すべき義務があったのに、これを怠り放置したものであって、本件道路の管理に瑕疵があったものと言うべきであり、本件事故は、右瑕疵によって生じたものである。

(三) したがって、被告は、本件溜池又は本件道路の管理者として、国家賠償法二条一項に基づく損害賠償義務がある。

(民法七〇九条に基づく責任)

仮に、国家賠償法二条一項に基づく責任が認められないとしても、

(一) 本件工事以前には、本件溜池と本件道路との間は、ガードレールの設置されていない箇所も、雑草やかん木によってさえぎられ、何人も容易に本件溜池に侵入できない状況にあり、現に誰も侵入していなかったものであるが、被告による本件工事の結果、右のようなかん木類が切除され、前記のような急勾配のブロックの斜面が設置されたほか、工事用重機を本件道路から堤塘内に搬入するためのスロープもそのまま残されたため、本件溜池は、幼児でも危険性を感じることなく容易に侵入でき、幼児などの水遊びを誘発し、しかも、幼児が一旦溜池に滑り込むと容易にはい上がれない形状となった。

(二) 被告は、本件工事によって、本件溜池を右のような危険な形状にしたのであるから、右工事箇所に本件溜池への侵入防止のための防護柵等を設置して、本件のような転落事故を未然に防止すべき義務があったのに、これを怠り放置したものであって、被告には、民法七〇九条に基づく損害賠償義務がある。

3  損害

(一) 栄固有の損害

(1) 栄の逸失利益 金一九八四万六〇一三円

栄は、本件事故当時満六歳の男子であったから、本件事故に遭わなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働して、一般男子と同程度の収入を得ることができたものと言い得るところ、昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者の企業規模計、産業計、学歴計の平均賃金の年間合計金三九二万三三〇〇円を基礎として、右期間を通じ控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきライプニッツ方式(係数一〇・一一七〇)を用いて、栄の逸失利益の本件事故当時における現価額を算出すると、金一九八四万六〇一三円となる。

(2) 慰謝料 金一〇〇〇万円

栄の精神的苦痛を金銭で慰謝するには、金一〇〇〇万円が相当である。

(3) 相続

原告らは、栄の両親として、栄固有の右損害賠償請求権を二分の一ずつ各金一四九二万三〇〇六円宛相続した。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 慰謝料 各金二〇〇万円

愛児を失ったことによる原告らの精神的苦痛を金銭で慰謝するには、各金二〇〇万円が相当である。

(2) 葬儀費用 各金二〇万円

(3) 弁護士費用 各金一〇〇万円

4  よって、原告らは被告に対し、主位的には国家賠償法二条一項に基づき、予備的には民法七〇九条に基づき、それぞれ前記損害金一八一二万三〇〇六円を請求し得べきところ、過失相殺を考慮して、弁護士費用を除く一七一二万三〇〇六円のうち一五八二万一七〇七円と弁護士費用の合計額金一六八二万一七〇七円及び右金一五八二万一七〇七円に対する本件事故発生の日である昭和五五年九月二〇日から各支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(国家賠償法二条一項に基づく責任)について

(一)(1) (一)の(1)のうち、本件溜池が付近の農地のかんがい用貯水のために使用されていること、被告が昭和五四年ころ本件工事に着手して、昭和五五年三月ころ完成させたこと、その後、被告が本件溜池の堤塘付近にPCフェンス及び危険防止のための立札を設置したことは認め、その余の主張は争う。

本件溜池は、付近住民の共有物であり、農民のかんがい用に水利権者が管理するものであって、被告は、本件溜池の所有者でもなく、本件溜池やその水を利用することもなかったから、本件溜池の管理者ではない。

本件工事は被告が臨時石炭鉱害復旧法(以下「臨鉱法」という。)に基づく鉱害復旧事業の一環として施行したものである。すなわち、同法は、石炭鉱害の計画的復旧を目的とし、その事業実施主体として、賠償義務者及び石炭鉱害事業団(以下「事業団」という。)のほか、関係地方公共団体を規定するが、その趣旨は、同法が昭和五七年七月三一日までの時限立法であり(昭和五七年法律第三〇号により施行期間が一〇年間延長された。)、賠償義務者及び事業団のみでは、右期限までの事業完了が不可能であることから、地域の実情を熟知し、地域住民との深いつながりのある関係地方公共団体を加えることにより、鉱害復旧事業の円滑な進捗を図ろうとしたものである。しかも、本件溜池の鉱害復旧については、賠償義務者である日本炭鉱株式会社が無資力であり、事業団も事業実施能力がなかったことから、被告は、事業団に対して鉱害認定のための復旧の申し出を行い、鉱害認定後、同法五五条三項に基づき、農林水産大臣から委任を受けた九州農政局長からその施行者として指定を受けたものであり、しかも、本件工事は、国の監視の下、国及び福岡県の費用負担により施行された。したがって、被告は、右鉱害復旧工事を担当したに過ぎず、本件溜池を事実上も管理したことはない。

また、被告が本件道路と本件溜池との間に設置したPCフェンスは、本件道路と本件溜池の堤塘との間に二〇ないし四〇センチメートルの段差があったため、自転車等の転落を防止することを目的として設置された交通安全施設に過ぎない。

さらに、本件堤塘上の立札は、被告が、溜池における事故防止を目的とした地域住民への啓蒙活動の一環として、昭和五五年七月、被告の管理責任の有無とはかかわりなく、北九州市若松区島郷一円の溜池五八箇所に設置したものの一部である。

(2)① (一)の(2)の①のうち、本件溜池の堤塘の斜面の勾配が二五度であることは認め、その余の事実は否認する。

② (一)の(2)の②の主張は争う。

(3) (一)の(3)のうち、本件事故の態様は知らず、その余の事実は否認する。

(二) (二)のうち、被告が本件道路の管理者であることは認め、その余の主張は争う。

道路管理者には、道路付近に危険な施設があるからといって、幼児等を道路から右施設に近付けないための防護柵を設置するまでの義務はなく、仮にこうした防護柵がなかったとしても、道路がその使用目的に応じて要求される通常の安全性を欠くとは言えない。

(三) (三)の主張は争う。

3  同2の(民法七〇九条に基づく責任)について

(一) (一)の事実は否認する。

(二) (二)の主張は争う。

4  同3の事実は知らない。

三  仮定抗弁

仮に、被告に何らかの過失責任が認められるとしても、栄及び原告らには、それぞれ次のような重大な過失が認められるから、損害賠償額の算定に当たっては、この点を十分斟酌すべきである。

1  本件事故当時、栄は満六歳であり、溜池の危険性を十分理解できたはずであるから、自ら危険な本件溜池に近付いた過失は重大である。

2  原告らも、その住居に近接する本件溜池の危険性を十分認識していたはずであるから、親権者として、栄に対し、本件溜池に近付かないよう注意を与え、その行動を監視するなどして、栄が本件溜池の周辺で遊ぶことのないよう留意すべきであったのに、これを怠った過失がある。

四  仮定抗弁に対する認否

仮定抗弁の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、本件溜池が付近の農地のかんがい用貯水のために使用されていること、被告が昭和五四年ころ本件工事に着手して、昭和五五年三月ころ完成させたこと、その後、被告が本件溜池の堤塘付近にPCフェンス及び危険防止のための立札を設置したこと、本件溜池の堤塘の斜面の勾配が二五度であること並びに被告が本件道路の管理者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、被告の本件溜池の管理者としての責任の存否につき判断する。

1  《証拠省略》によれば、本件溜池は、登記簿上、村持惣代の山崎次郎、山崎辻太郎及び松井勇の共有とされているが、実質上は周辺に居住する農民の共有財産であり、堤塘工事、水量の調節等の本件溜池の管理は、水利権者である付近の農事組合が行っていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告が本件溜池の法律上の管理者でないことは明らかである。

2  次に、被告による本件溜池の事実上の管理の有無につき検討する。

(一)  前当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被告は、地元住民からの要請に基づき、農林水産大臣から臨鉱法上の権限の委任を受けた九州農政局長に対し、本件溜池の鉱害復旧工事の施行者として被告を指定するよう申請したところ、同局長は、同法五五条三項に基づき、右工事の施行者を被告と指定した。そこで、被告は、本件溜池の所有者及び水利権者の承諾を得た上、右鉱害復旧工事として本件工事を施行することとし、これを有限会社久保組に請負わせて、昭和五五年一月本件工事に着工し、同年四月下旬ころ完成させた。本件工事の経費は、国が八五パーセント、福岡県が一五パーセントをそれぞれ負担し、被告は全く負担していない。

なお、被告が自ら本件工事の施行者指定の申請を行ったのは、地元からの強い要望があったほか、本件溜池に対する鉱害の賠償義務者である日本炭鉱株式会社が実体を失い、復旧工事を施行できなかったためである。

(2) 本件工事前、本件溜池は、石炭鉱害により、堤防からの漏水が激しく、底樋の一部が破損する被害を受けており、そのまま放置すれば、本件道路も沈下ないし破損するおそれがあった。そのため、被告は、本件工事として、こうした鉱害の復旧のため、本件溜池の堤防の復旧、取水設備の改修、底樋の堀割及び漏水止めを施工した。このうち、堤防の復旧工事は、まず、本件道路から堤塘内に重機や作業員を搬入するための進入路を造り、溜池の水でえぐられ、土面が露出していた堤塘上に土を盛り、道路側から溜池に向かい約二五度の斜面を造った上、その斜面上に四〇センチメートル角のコンクリートブロックを埋め込むというものであった。

ところで、国家賠償法二条一項にいう公の営造物の管理者は、当該営造物について、法律上の管理権ないし所有権、賃借権等の権原を有している者に限らず、事実上の管理をしている国又は公共団体も含まれると解される(最高裁昭和五九年一一月二九日第一小法廷判決民集三八巻一一号一二六〇頁参照)ところ、ここにいう事実上の管理とは、公共団体等の当該営造物に対する管理責任を基礎付ける要件であるから、事故発生時点において、当該営造物が公共団体等の管理下にあったと認められることが必要である。したがって、公共団体等による事実上の管理があったと言うためには、管理行為自体が継続的なものであるか、あるいは将来において同様の管理行為の反復が予定されていることを要するものと解するのが相当である。

そして、この観点から本件を見るに、前認定のとおり、被告は、自らの申請に基づき、九州農政局長から臨鉱法五五条三項に基づく鉱害復旧工事の施行者の指定を受け、本件溜池の鉱害復旧工事として本件工事を施行したものであるところ、同法によれば、同法は、石炭鉱害等を計画的に復旧することにより、国土の有効利用及び保全、民生の安定、更に石炭鉱業の健全な発達といった国家目的の実現を目指す法律であり(一条)、鉱害復旧事業の実施においては、復旧対象地区の選定及び復旧基本計画の作成(四八条)、賠償義務者等からの納付金等の徴収(六四条以下)、復旧費の支払い(六八条以下)等を事業団が担当し、復旧基本計画の認可及び同意(四八条)、復旧工事施行者の指定(五五条三項)、復旧工事施行者の作成する実施計画の認可(五六条)、工事完了認定(六二条、七三条等)等の権限は通商産業大臣又は主務大臣に委ねられ、復旧工事施行者は、河川法等の他の法律に定めがあるを除き、賠償義務者若しくは事業団又は主務大臣が指定する者とされており(五五条)、地方公共団体は、右指定を受けた場合に、実施計画を作成して工事を施行するに過ぎないのであり、しかも、鉱害復旧工事の費用は、賠償義務者である炭鉱(五〇条以下)及び受益者(五二条)のほか、国又は都道府県から補助金の交付を受ける事業団が負担することとされている(九三条以下)。また、《証拠省略》によれば、通商産業省は、当該土地物件につき鉱害の存否を通商産業局長が認定するいわゆる鉱害認定手続の申請について、被害者からの申し出等は、原則として、関係地方公共団体を経由して事業団各支部に行わせるよう指導していること、農林水産省は、農地及び農業用施設の鉱害復旧工事の施行者を、原則として、事業団、賠償義務者又は関係地方公共団体と定めていること、鉱害復旧費の負担は、賠償義務者である炭鉱のほか、主として国がその多くを負担し、地方公共団体が負担するのは、当該公共施設の維持管理に責任を持つ場合に限るとの運用が行われていること、民有の家屋といった法律上の管理権限のない物件につき、地方公共団体が復旧工事施行者の指定を受けることも少なくないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、本件工事期間中、本件溜池が被告の管理下にあったことは否定できないが、右工事は、臨鉱法に基づき、被告が、鉱害復旧工事施行者の指定を受けて実施したものであるところ、同法の趣旨及び運用状況に照らすと、その目的はあくまで本件溜池の鉱害復旧にあり、その鉱害が復旧されたことによって、目的は達成されたと言うべきであるから、被告において、本件工事後も本件溜池に対する同様の管理行為を反復すべき理由はなく、また、これを予定していたとも到底認められない。したがって、本件工事に伴う被告の本件溜池に対する管理は、工事完成とともに終了したものと言うべきであるから、本件工事の施行を理由に、被告が以後本件溜池を事実上管理しているものと認めることはできない。

(二)  前記のとおり、本件工事後、被告が本件溜池の堤塘付近にPCフェンス及び危険防止のための立札を設置したことは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、PCフェンスの設置は、本件道路の自転車歩行者道から二〇ないし四〇センチメートルの段差のある道路外への転落を防止するための交通安全対策の一環として行われたものであること、危険防止のための立札は、被告が実施していた地域住民に対する水難事故防止の啓豪活動の一環として、市有、民有を問わず、北九州市若松区島郷地区の集落に近い溜池一〇七箇所に設置されたものの一部であることが認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)のであり、いずれも本件溜池の管理を目的とするものではなく、仮に、右のPCフェンス及び立札の設置が、本件溜池への幼児等の侵入防止に寄与したとしても、それは右設置行為に基づく反射的効果に過ぎないものと言うべきであるから、右の各設置行為を理由として、被告が本件溜池を事実上管理していたものと認めることはできない。

3  よって、被告が本件溜池の管理者とは認められないから、本件溜池の管理の瑕疵に基づく原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

三  次に、被告の本件道路の管理者としての責任の存否につき判断する。

被告が本件道路を管理していることは当事者間に争いがないので、管理の瑕疵につき検討するに、前認定事実に、《証拠省略》を総合すると、本件工事の結果、本件道路と本件溜池との間に、ガードレール等の防護柵がなく、かん木も雑草も植わっていない開口部が生じたこと、右開口部には、堤塘との段差がほとんどない部分があるほか、右段差は最大限でも四〇センチメートル未満に過ぎないこと、右開口部に接する堤塘上には、本件工事の際に進入路として利用された幅二メートル以上の平坦な部分があること、本件道路の本件溜池寄りの部分は、自転車歩行者道として使用されていることが認められ(右認定に反する証拠はない。)、右認定事実によれば、本件道路の本件溜池寄りの自転車歩行者道から直接本件溜池に転落するおそれはほとんどないと認められるから、本件道路は、道路として通常有すべき安全性を備えていたものと言うべきである。

よって、本件道路の管理に瑕疵があったとも認められないから、本件道路の管理の瑕疵に関する原告らの主張も失当であり、原告らの国家賠償法二条一項に基づく請求は理由がない。

四  最後に、被告の民法七〇九条に基づく責任の存否につき判断する。

まず、前認定事実に、《証拠省略》を総合すると、本件工事以前から、本件道路と本件溜池との間には、約三八メートルにわたってガードレール等の防護柵のない部分があり、右付近の道路と堤塘との段差は、三〇ないし五〇センチメートルに過ぎず、しかも、堤塘の上部には雑草が生えているのみであったことから、五、六歳の幼児でも堤塘内に入り込める状況にあったこと、また、当時、堤塘内は整地されておらず、雑草が生い茂り、起伏が不規側で、しかも、急勾配の土の斜面が溜池に向かって続いていたことから、堤塘内に一旦入り込むと、溜池に転落する危険性は極めて高かったと認められ(る。)《証拠判断省略》

これに対し、前認定事実に、《証拠省略》を総合すると、本件工事の結果、本件道路と本件溜池との間に、防護柵の設置がなく、かん木も雑草も植わっていない幅一〇メートル前後の開口部が生じたこと、右開口部での道路と堤塘との段差は最大限四〇センチメートル未満であり、堤塘上には、右開口部付近から道路に沿って、北方に長さ約七〇メートル、幅二メートル以上の平坦な部分があること、右平坦部分から溜池に向かって二五度前後の勾配の斜面があり、右斜面の北寄り部分は、長さ約三九メートルに及ぶコンクリートブロックを積み重ねた堤塘となっていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実から、本件工事の前後における本件溜池の危険性につき比較するに、確かに、本件工事の結果、前記開口部が生じ、本件道路から本件溜池の堤塘内への進入を容易にしたことは明らかであるが、しかし、本件工事により堤塘上が整備された結果、仮に、堤塘内に進入したとしても、前記平坦部分にとどまる限り、何らの危険性もなくなったのであるから、本件工事の結果、本件溜池の危険性を増大させたとまでは認められない。

しかも、《証拠省略》によれば、栄は、本件事故に際し、右開口部付近の道路上に自転車を放置して、本件溜池の堤塘内に侵入し、右平坦な部分を約四〇メートル進んだ後、右コンクリートブロック堤塘の中程にある越流部の上に靴を脱ぎ捨てて、右堤塘付近から本件溜池内に入り、本件事故に遭遇したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、以上認定事実からすると、被告は、臨鉱法に基づく鉱害復旧工事の施行者として本件工事を施行したものであり、本件溜池に対する管理責任もなく、しかも、右工事により本件溜池の危険性を増大させてもいないのであるから、このような被告に対し、右のような態様の事故の発生まで予想して、その防止のため、右開口部に防護柵等を設置すべき義務を負わせるべき理由は認められない。

よって、原告らの民法七〇九条に基づく請求も理由がない。

五  以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 中谷雄二郎 久保雅文)

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